・無意識について、著者20年の研鑽を概観した書
現象学的な見地から無意識の本質について考察した書。エドムント・フッサールの現象学研究をされている竹田青嗣さんに薫陶を受け著述されている方で、文章が読みやすく、内容がわかりやすい。他にもいろいろな本を出されていて、心理学=精神分析に関するものも多いが、哲学に関する本も執筆されている人文系の著述に優位のある書き手さんです。出されている本はほとんど所持していて、この方の著作から他の心理系の著作を読んでみるようになっていく、そういうブックガイド的な読み方をさせてもらっている作家さんの一人でもあります。
心理系の知識を深め、解説書から専門書へ入っていきたい方は、こちらの書籍を薦めます。
哲学に関して、西洋哲学を概観し平易に解説した以下の書も読みやすくオススメです。
・現象学に対する、大きな信頼感
竹田さん流の現象学理解を基盤として論が展開されていて、無意識に関しても、同様の分析手法で話が進んでいく。
私が無意識を感じた経験を内省したところ、「無意識があった」と感じた経験はかなり多様であったが、大きく分ければ、「習慣化した行動」「自律神経反応」「感情」「イメージ」「他者の反応」などに分類できることが分かった。
(第三章ー無意識とは何か?)
竹田さんの現象学展開が如実に出ているところで、「え、その他には無意識に関する内実は存在しないの?」と疑問符を持つ人もいるかもしれない。本質観取は今回のテーマである「無意識」テーマにした場合、「無意識にやっていたな」と思った自分の経験を内省的に反省して、そこに共通している意味を取り出していくやり方なんだけど、それ以外に本質は存在しないのか、疑問が残る。他の人がやったら、ほかの分析もあるのではないかなと。それを内省によって取り出された、本質直観の内容を“底”にして、それを大きな前提としておおまかな話が進んでいくので、そこを受け入れられないと疑問が残るだろう。本質=真理とはどこにも書いてないけど、本質観取に対する信頼度は高く、取り出された「本質」は底堅い認識として、それを基底として論述が進んでいく。
出発点は私個人の経験だが、本質を求める以上、私にとっての意味を超えて、誰にとっても共通する意味を求める必要がある。そのため、自分とは異なる文化、境遇、環境の人であっても共通する、誰もが経験し得るような無意識について考える必要があったのだ。
(同)
誰もが経験し得るような無意識についての体験を洞察していくこと、それが内省による反省的手法だけで取り出されるだろうか。ある程度ディスカッションされた内容なのかもしれないが、仮説の域を出るものではないと思う。それを大きな足がかりとしている。この点はこの著者のほかの本にも言えて、現象学的認識に対する信頼度がかなり高く、そこにどっかり腰を据えて論が展開されていくので、一貫した認識の明快さ・わかりやすさが出てくるが、そぎ落とされてしまった部分、切り捨てられてしまった箇所に対する感度によっては、異論がでる可能性のある認識論だと感じる。なんというか、仮説が仮説の域ではなく、もっと大きな信憑性を持ったものへと変換され認識されているような感をうける。これは著者の本、とくに現象学理解全般に関して言えることだと思っている。
ともあれ、その本質として取り出されたキータームをもとにして、突っ込んだ分析がされていて、無意識の内実をある程度の枠組みをもった輪郭として描き出している。人文系の知識に造詣が深く、フロイト、ユング、アドラー、クライン、ラカンなどはもちろん、第2章では西洋哲学全体を参照し、西田幾多郎や仏教などにも言及しながら、無意識は存在するのかということを、科学的知識、哲学からの所見をもとに分析している。
・心理療法の現場で何が求められているのか
個人的に興味深かったのは、6章における無意識と心理療法の連関を述べたところ。フロイトなら無意識の欲望を性欲(リビドー)中心に解釈するだろうし、ユングなら個性化への欲求を、アドラーなら優越性(権力)への欲求を中心に解釈するだろう。しかしながらそれらの療法には、どの解釈をとってもある一定程度の治療効果が認められるというデータがあり、無意識をどう解釈するかは治療面においては、それほど重要ではない。
しかし今日心理療法の現場・最前線で求められているのは、心理療法家と患者における信頼関係であり、無意識の中に自分の嫉妬深さや理不尽な怒り、自己中心的な欲望が隠れていても、それを表出してもその感情をありのままに受け止め、決して見捨てない。そういう臨床医との信頼関係(心理学用語では“ラポール”という)の重要性を指し示している点を紹介してあったことだ。
治療関係が重視されるのは、近年の心理療法全般の傾向と言える。治療において信頼関係が重要なこと、治療者と患者の関係性が治療に大きく影響することは、いまやどんなセラピストも否定しないだろう。
(6章:無意識を活かす方法)
その早期の例示として、ロジャーズの来談者中心療法をあげて、彼が早期からセラピストの三条件を提示し信頼関係を重視していたことを紹介している。パーソンセンタードアプローチは大学時代よく勉強したので、懐かしかった。
あげている単なる豊富な人文系の知識よりも、心理療法の現場で求められているもの、治療に際して無意識はどう作用するのか、その辺まで突っ込んで真摯に論じているところに本書全体の読みどころがあるように思う。
・総評:71点(100点満点中)
これまでの著者の著述を総まとめするようでもあり、そこを「無意識」というキータームに絞って著述した本だと思う。
哲学的知識や現象学の知見に関しては、すでに他の著書で勉強済みだったのでじゃっかん退屈だったし、そもそものところ大きな信頼感を寄せている屋台骨のところがどうも“真理的な何か”に接近するようなものに感じられてならないのだが、本質観取によって得られたキーワードをもとに分析していくので、ある程度論旨は一貫し、中身は分かりやすい。そこを豊富な知識をもとに、テーマについてのサブ知識を補弼している。
また心理臨床の現場で求められているもの、治療には結局無意識はどう関わってくるのかを論じたところは興味深く、読了後の爽快感もあったのでよかった。